コロナ禍の企業リスク 半年間の総括【第15回ウェビナーレポート】
- 公開日:2020.09.02 最終更新日:2023.06.21
目次
「コロナ」関連ツイートが週2,500万件
桑江:まずは2020年1~8月の新型コロナウイルスに関するSNSの動向を見てみましょう。「コロナ」というキーワードを含むTwitterの週投稿件数が最多だったのは3月の最終週で、2,500万件に達しました。有名なお笑いタレントが新型コロナに感染して亡くなったときで、コロナに対して恐怖心を抱いた人が多かったからと推測されます。
また、国内初の感染が確認された1月中旬、全国一斉の休校要請が出た2月末も投稿数が伸びたため、新型コロナに対する危機感や恐怖心が高まるとツイート数が急増する傾向があると言えるでしょう。
一方、4月7日の緊急事態宣言発令後の投稿数は減少に向かったのですが、宣言解除後に感染者が増えるにつれて徐々に上向きになりました。
芳賀:100年に一度と言われる世界的な「災害」の襲来なので想定内ですが、今なお週500万件くらい投稿されているのはすごいテーマだと思います。
桑江:これらの投稿内容をネガティブとポジティブに分けてみると、休校要請や緊急事態宣言のタイミングではポジティブ件数も増えました。休校や在宅勤務を喜ぶ声が一定数あったためと推測されますが、やはり基本的にはネガティブな投稿が多くを占めています。
芳賀:きっかけはさまざまあっても「コロナ」に関するツイートが相当数に上る状況は今後も続くでしょうね。
ストレスで誹謗中傷などが先鋭化
桑江:1~8月を平均した「コロナ」関連の週投稿回数は920万件で、8月時点でも400万件に上っています。まさに、他に類を見ない膨大な数です。
「コロナ疲れ」「コロナ鬱」という言葉が生まれるなど新型コロナに対する緊張感が少しずつ薄れているとも言われる中で、山陰地方の私立高校で発生したクラスターに関連して生徒がバッシングを受けるなどリアルの世界を含めた差別的な行為も先鋭化しています。
芳賀:家に閉じこもらざるを得なくなったことでリモートワークなど新しいスタイルが普及する傾向は見えていますが、コロナという目に見えない「爆弾」に対するメンタルのストレスがかなり高まり、社会全体が些細なことに敏感に反応してしまいやすい状況に陥っているように思えます。
スペイン風邪やペストが流行した当時も感染拡大をめぐる犯人捜しやデマが横行しましたが、今回もそうしたことに踊らされている印象です。それがまた新たなストレスを生み出しているとも感じますね。
桑江:我々が調査したデータに基づけば、炎上件数自体は4月をピークに減少傾向にありますが、1つずつの事例を見ると相手に対する攻撃性の強さがかなり目立ちます。
SNSなどで誹謗中傷を浴びた女子プロレスラーが5月下旬に自殺した事件をきっかけに「誹謗中傷をやめよう」「法規制の強化を」といった世論が高まっていますが、炎上の実態はあまり変わっていない印象です。
もっと言えば、過剰な正義感を盾にした「悪いことをした個人、企業には何を言ってもいい」という意識が、より顕著になったと感じます。
芳賀:SNS上では、企業に対して「本当にこうしてほしい」という投稿と、単に揚げ足を取るだけの書き込みを見分けることが必要です。その対応を間違えると、味方だった人を敵に回してしまう恐れもあります。
一方で、人間の脳は1万年以上進化していないという学説もある中、誹謗中傷という愚かな行為がなくなることはないでしょう。
米国では13歳の少女がSNSの誹謗中傷を抑制させるために開発した「ReThink」というアプリの効果で、攻撃的な書き込みがかなり減ったという事例があります。
日本でも、そうした被害を防ぐ良いテクノロジーが導入されてほしいですね。
桑江:Yahoo! Japanは8月から、コメントを書き込む際に注意を喚起する機能を実装しています。Twitter Japanも、自分の投稿に返信できる人を選べる機能を導入しました。
総務省も発信者情報を特定する法的手続きの迅速化に着手しているので、少しでも状況が改善されればと期待しています。
半面、誹謗中傷を書き込んでいることを自覚していない人たちにとっては、こうした動きも馬耳東風に過ぎないということになってしまうのが難しいところです。
企業としては、SNSにはそういう側面もあるということを前提にユーザーとのコミュニケーションを取らなければならなくなったというのが、この半年間の流れだと思います。
芳賀:その通りですね。
ジェンダーなどのテーマを不用意に扱ってはならない
桑江:そのようなことを踏まえて直近1カ月間の炎上事例を見ると、大手日用品メーカーA社が生理を「個性」と表現したキャンペーンが気になります。
かなりつくり込まれたプロジェクトで、自社の女性社員約100人にアンケートを取るなど生理に関する理解を深めようと取り組んだのですが、キャッチコピーがあまりにも軽薄だと感じた一部の女性の反感を買ってしまいました。
ジェンダーは炎上を呼びやすいテーマですが、表現や切り口が原因で拒否反応が出たということですね。
芳賀:なぜ「個性」なのかという説明が必要ですよね。何しろ広告ですので、説明がなければ違和感だけでなく反感を持つ人も多いと思います。
ジェンダーや人権、差別といった問題が国内に入ってきたのは明治維新以降だったので、日本人はこうした世界的なテーマについて深く考える機会がなかなかありませんでした。
企業は「こういう広告のメッセージを世界に持って行って大丈夫か」というスクリーニングをした方がいいでしょう。
企業メッセージに理念があれば炎上を突破できる
桑江:企業という観点で言えば、定額制ビデオ・オン・デマンド・ストリーミングなどのサービスを手掛けるB社に対し、自著の中で徴兵制導入を公言した国際政治学者C氏のCM起用に反対する声が上がりました。
しかし、その著書をよく読めば、C氏が徴兵制を推奨しているわけでないということは明らかです。つまり、そうした声を上げてしまう人たちは、一部の要素だけを切り取って反応してしまいがちという傾向が表れているようにも思えます。
芳賀:企業は自社の広告などのリスクは当然把握できるはずですから、それを想定しておくことが必要だと思います。他人と違うことをすると非難されるわけですが、それが一過性のものなのか、理念に基づくものなのかで結果は大きく変わるでしょう。
CMなどに対してクレームを受けたらすぐに取り下げる企業が見受けられますが、それは単にプロモーションとして打っていたということでしかありません。
企業として新しい文化を伝えていきたいといった理念があれば、反対があっても押し通せると思います。
桑江:SNS上などでは企業のメッセージなどに対し、100%の賛同を得られることはあり得ません。ネガティブな反応をどこまで許容するか最初に決め、その範囲で収まるようにリスクヘッジするという考え方が大事ですね。
多少のネガティブな意見があったとしても、これをメッセージとして必ず伝えるということであれば、それを炎上と呼ぶべきではない気がします。
芳賀:何を考え、どういうことを提供している企業かを自覚し、消費者にも理解してもらえていれば、デジタル・クライシスの事故が起こったとしても「顧客に対してここまでできていたと思ったけれど、まだまだ努力が足りなかった。もっと頑張らなくてはいけない」というしっかりした発言ができるはずです。
昔は口コミでしか、自社に対する世の中の印象を知ることができませんでした。今はSNSを通して明確に出てきますので、それを考慮してキャンペーンなどを組み立てることが大事だと思います。
SNSでは過去の不適切発言も掘り起こされる
桑江:次は、ミュージシャンであるD氏のツイートの炎上事例です。若くして活躍する日本人のメジャーリーガーや将棋棋士らを「お化け遺伝子を持つ人たち」と表現しました。
投稿された時点ではそれほど反応がなかったのですが、その1週間後に嘱託殺人の容疑で逮捕された医師が優生思想の持主だったことなどからD氏の投稿が掘り起こされ、拡散されてしまいました。
発言内容の是非はさておき、何かあれば過去の発言を探しに行くような炎上の仕掛け人が存在しているということです。自身の発言ですらなかなか消せないネットの怖さも表していると言えます。
芳賀:SNSでコメントするのは普通のことになりましたが、それらは10年前のものでも消せないということですね。「自分はこう思っている」ということを曲げる必要はありませんが、例え一時のコメントであってもトレースされ続けるというリスクは覚えておいた方がいいでしょう。
コロナを正しく恐れて前に進むことが大切
桑江:いくつかの炎上事例を紹介してきましたが、コロナ禍においてはコンプライアンスに対する線引きもより厳しさを増しているように思います。そうした状況をどう説明すれば、自社の上層部に理解されやすいでしょうか。
芳賀:イノベーションの仕事も含め、日本の会社は下から順番に上げてもなかなか通らないということが多いですね。そういうときは外部から、最先端の現場を知る専門家を連れてきて話してもらうのが一番いいと思います。
桑江:企業の皆さんは慣れないテレワークなどで行動が制限され、リアルなコミュニケーションも不足する中で疲労感が高まっていると思います。メンタルヘルスにも十分注意してもらいたいですね。
芳賀:コロナ禍はどうしようもないことですし、こうすれば100%解決するという方法は、もしかしたら将来的にも出てこないかもしれません。
マスクと手洗い、うがいをして3密を避けるという基本ルールをしっかり守り、企業としても個人としても新型コロナを正しく恐れて前に進むということが必要ではないかと思いますね。