精神科医から見た芸能・スポーツ界の誹謗中傷とSNSリスク【第61回ウェビナーレポート】
- 公開日:2021.08.18 最終更新日:2023.06.20
アスリートはメンタルも強くあるべき?
桑江:スポーツ界では2020年5月、女子プロレスラーのA選手が、自身が出演していた番組での行動をめぐりインターネット上で激しい誹謗中傷を受けて自殺し、日本でも法改正の機運が高まりました。
また、2021年5月には女子プロテニスプレーヤーのB選手が全仏オープンでの会見拒否を表明し、議論になったところです。男子選手からは厳しい意見も聞かれましたが、「鬱に悩まされていた」という会見拒否の理由が明らかになったことで擁護の声が上がりました。
この件は、スポーツ選手とメンタルの関係性が注目されるきっかけになりましたね。
木村:さまざまなSNSが乱立する中で、ユーザーが公人か私人かも分かりにくいのが現状です。SNSを使う人は全員、叩かれる可能性があると考えるべきでしょう。
しっかりとした芸能事務所などに入っていれば身を守ってもらえるかもしれませんが、一般の人は自分で防御しなければならないという意識も持たなければなりません。
桑江:そうですね。
木村:「スポーツ選手はメンタルも強い方がいい」というイメージがあると思いますが、人間だから強い人も弱い人もいます。弱いからこそできることもたくさんあるので、スポーツ選手も私たちと同じ人間であるということを分かってほしいですね。
出典:木村好珠 著書『スポーツ精神科医が教える 日常で活かせるスポーツメンタル』 (法研)
ただ、B選手の件は発表の順番を間違えたと感じます。鬱だったと知らなければ、こうして厳しい反応が出たのも当然でしょう。鬱のときは集中力や判断力が低下することが多いので、本当なら周りがしっかりケアすべきだったと思います。
芸能界もスポーツ界も、ケアとキュアに取り組むシステムがまだできていません。日本ではそこにお金をかける団体もほとんどないのが現状です。高年棒を得られるメジャーなスポーツの選手は自費で対処できるかもしれません。しかし、マイナー競技になればなるほど難しくなるので、団体で守るという意識が必要かと思います。
桑江:「スポーツ選手はメンタルが強い」という幻想がある中で、B選手の告白は「決してそうではない」という問題提起になったのではないでしょうか。
木村:一般の人もそうですが、精神に触れるというのは「パンドラの箱」を開けてしまうようなイメージがあるかと思います。スポーツ選手のみならず、メンタルのケアやキュアはまだまだ身近なものとして捉えられていないと感じますし、スポーツ選手に対しては、そうした風潮がなおさら強いと思いますね。
桑江:例えば、サッカーのユーロ2020決勝ではイングランド代表の3選手が人種差別的な誹謗中傷を受け、イングランドのプレミアリーグは選手への相談窓口を設置するなどして対応しました。Jリーグのクラブのアカデミーでメンタルアドバイザーを務めてらっしゃる立場として、日本のサッカー界の実情はいかがですか。
木村:私が産業医を務めている企業もそうですが、相談窓口を設置しても自分から来る人はなかなかいません。特にスポーツ界は顕著ですね。形として窓口を設けている企業は増えていますが、どこまでしっかりマネジメントできているかは何とも言えないと思います。
東京五輪でも相次いだ選手への誹謗中傷
桑江:東京五輪の日本代表選手に対するSNSでの誹謗中傷問題も注目されたところです。競泳女子のC選手には「代表内定を辞退してほしい」「東京五輪開催に反対してほしい」といった声が直接寄せられたことを公表しました。
また、男子卓球のD選手は混合ダブルスで金メダルを獲得後、自身に送り付けられた辛辣な言葉遣いのダイレクトメッセージ(DM)を公開。「1ミリのダメージもない」としたうえで「然るべき措置を取る」と明らかにしました。
木村:やはり、ダメージがあるからこそ公開したのだと感じます。本当に気にしていなければ、そうしないはずなので。
桑江:なるほど。
木村:そのような悪質な行為の解消策はかなり難しいですね。匿名だと何でも言えますし、SNSはアカウントを消してしまえば誰が言ったかも分からなくなります。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う社会不安が広がる中、一部の人たちの攻撃性が増しているのも確かです。コロナ鬱やSNSの使い方など社会が十分に対応できていない問題が、脚光を浴びている人への誹謗中傷という形で表出したのだと感じます。
桑江:対戦相手がいる競技のチームや選手は、相手のファンからのバッシングも起こりがちですが、それが選手たちに直接届いてしまうのがSNSの怖さですよね。
木村:サポーターは本来、チームや選手を支援すべき存在であるはずですが、対戦相手を否定する行為とニアリーイコールになってしまうことがあります。とは言え、実際にバッシングをしている人たちに、その考え方を理解してもらうのは非常に難しいという印象です。
桑江:本人に直接、悪質なメッセージを届けるのは論外だとしても、Twitterなどでメンションなどを付けずに投稿した場合は、書き込まれた人自身が検索さえしなければ気付くこともないのですが。
木村:悪質な書き込みをする人は必ずいるので、まずはエゴサーチをしないのが一番だと思いますね。場合によっては、SNSの利用を止めるという選択をすることも考えるべきでしょう。外出時に鍵を締めるように、能動的な防衛策を取ることが大事だと思います。
桑江:東京五輪では、アスリートへの誹謗中傷に関するメディアのあり方も問われましたね。中傷内容を具体的に報じたネットニュースをめぐり「悪口の内容を詳細に書いた記事をわざわざ掲載する必要があるのか」といった批判が寄せられたところです。
こうした声は、これまでにも多く上がっています。東京五輪に限らず、ここ数年のネットメディアへの疑問と言えるでしょう。
木村:そういう記事がなぜ書かれるかと言うと、みんなが好きで読まれるからです。そのような日本人の意識もいかがなものかと思いますが、仕方がない部分もあるのかもしれません。個人的には記事にする必要はないと考えますし、できればやめてほしいとも思いますが。
桑江:冒頭でも触れましたが、やはりスポーツ選手も人間であることを忘れてはいけないということですね。
「ダラックス」ではない「リラックス」のススメ
木村:プロ選手はみんな技術があって当たり前なので、メンタルの差が重視されるとは思います。ただ、「メンタルは強い方がいいに決まっている」ということになると、鬱に陥っても何も言えなくなってしまうでしょう。
でも、アスリートは試合ごとに監督やファンなどいろいろな人に評価されるので、一般の人よりメンタルが崩れやすくて当然です。100回戦って100回とも勝てる選手などいませんから、強い自己肯定感を保ち続けるのはかなり難しいでしょう。しかし、そうして常に自信がある状態ではないからこそ、努力できるのだと思います。
メンタルは思考と感情の組み合わせです。状況を自分で判断して行動できているのが、メンタルが整っている状態だと思います。それは私たちの日常生活にも当てはまりますが、厳しい戦いと評価にさらされているアスリートはメンタルが弱まりやすい環境に置かれているということを知っておくべきです。
出典:木村好珠 著書『スポーツ精神科医が教える 日常で活かせるスポーツメンタル』 (法研)
桑江:そうしたことを踏まえ、サッカー元日本代表のE選手は自著で「サッカーとは何ですか?と聞かれたら『愉しい仕事』と答える」と述べています。
木村:「愉しい」というのは自分の内側から出るものです。それをしっかり自分で見つけ、「愉しむ」ことができているのがうまいところだと思います。
仕事は人生を楽しむツールでいいと考えていますが、人生の中心にもなり得るもの。だとしたら、仕事を楽しまないと人生がつまらなくなってしまうでしょう。その楽しみ方は自分で見つけることができるという意味も、E選手の言葉には込められていると感じますね。
出典:木村好珠 著書『スポーツ精神科医が教える 日常で活かせるスポーツメンタル』 (法研)
桑江:元メジャーリーガーのF氏は、インタビュー記事の中で「プレッシャーは感じていたい。プラスにするもマイナスにするも自分次第」と語りました。
木村:成長するためにはプレッシャーも大事ですね。ある程度の緊張感は必要ですが、私は「リラックス」と「ダラックス」は違うと言っています。「リラックス」は自分の頭の中で目標、目的がきちんと整理されている状態で、そうではないのが「ダラックス」です。
プレッシャーを感じるとノルアドレナリンが分泌されますが、それは集中力が発揮される状態とも不安や緊張が高まる状態とも言えます。どちらの状態になるかを決定付けるのが「プラスにするもマイナスにするも自分次第」「愉しい」という考え方です。
企業SNSで誰かの否定や意見の押し付けは厳禁
桑江:そういう意味では、企業のSNS担当者も不安やプレッシャーを感じていると思います。スポーツメンタルに関する著書を執筆された立場から、SNSとの付き合い方に関するアドバイスがあれば、お聞かせください。
出典:https://www.amazon.co.jp/スポーツ精神科医が教える-日常で活かせるスポーツメンタル-木村-好珠/dp/4865138315
木村:企業がSNSで発信する投稿内容は、それを読んだ人が明るい気持ちになれるか、笑顔になれるかがすごく大切だと思います。
誰かを否定したり自分の意見を押し付けたり、あるいは物を売りたいばかりに同調を求め過ぎると、アンチも引き寄せることになってしまうでしょう。
桑江:企業のSNSアカウント運用は、消費者とフレンドリーにコミュニケーションを取るのが1つのトレンドになっています。そのように距離感が詰まることによって気を付けるべき点はありますか。
木村:何を言っても批判してくる人は必ずいます。もちろん、自社の投稿が炎上案件になってしまえばしっかり謝罪するなどの対応をしなければなりませんが、揚げ足を取られても相手にしないというのは一番大事だと思います。
桑江:コロナ鬱による心理変化を踏まえて気を付けるべき点はいかがでしょう。
木村:コロナ鬱で攻撃性が増している人はたくさんいますが、企業のSNSアカウントがユーザーを変えることは難しいでしょう。攻撃性がある人からそれをなくすのも不可能なので、放っておくしかありません。
最近のSNSでよく目につくのは「こうした方がいい」「何とかしろ」など相手に指図をするような発言をしている人が多いことで、そういう投稿がバズりやすくなっているとも感じます。空気を読むという風潮が強まり、自分の意見を持てない人が増えた結果、そうした言動がピックアップされやすくなっているのではないでしょうか。
ただ、そういう発言は確実に標的になってしまうので、企業は絶対にしない方がいいですね。
桑江:最後に、心が折れそうになってもリカバリーできる「型」(思考法)を見つけるプロセスがあれば教えていただけますか。
木村:まずは「こうでなければいけない」という概念を取り払うべきです。他人がつくり上げた架空の「なければいけない論」を追求すると、心が折れそうになることが非常に多いでしょう。
しかし、自分で目的意識を持って「こういうアプローチをすればいい」と考えると、柔軟に対応できるようになります。そのようにして、自分なりの「型」を見つけるのが1つのプロセスだと思いますね。