リスクへの対応の是非-“沈黙は金”なのか-(デジタル・クライシス白書-2023年5月度-)【第107回ウェビナーレポート】
- 公開日:2023.05.31 最終更新日:2024.03.05
※当記事は「Twitter」当時の内容となります。
目次
新入社員の女性がパワハラ告発、会社は完全否定
桑江:最初のテーマは「告発」です。大手住宅メーカーA社で女性社員へのパワーハラスメント疑惑が浮上し、インターネット上で炎上する騒ぎになっています。
暴露系インフルエンサーがTwitterに投稿した告発によると、女性社員は上司からの電話に3コール以内に出なかったら「殺す」とのメッセージを送りつけられたとのことです。飲み会で男性の先輩社員の膝の上に座らされた上、目にお酒を入れられるなどの行為を受けたとの内容もありました。
女性社員は適応障害と診断されて休職を願い出たものの、「診断書は自分で作れる」と言われて、休職ではなく解雇を通達されたと主張しています。
これに対し、A社はパワハラ行為があったという事実を一切認めていません。
前薗:A社はパワハラ行為を完全に否定していますが、こうした事案は1件でも事実と認定されるものが出てきてしまうと「嘘をついた」と非難される可能性があります。否定コメントを発表する際は、そうしたことまで考慮しなければなりません。
また、今回の告発ツイートのリプライを見ていると、A社が以前に起こした炎上事案が掘り返されています。過去の騒動が収束しないままになっていれば、再燃するリスクがあるでしょう。
たび重なる不正行為の発覚にも沈黙を貫く
桑江:中古車販売大手B社の元社員は、顧客の車のタイヤをわざとパンクさせて保険会社に工賃を水増し請求している店舗の存在を告発しました。別の店舗についても、保険金を中抜きしているとの話を明かしています。
B社はこれまでもさまざまな不正行為が告発されていますが、会社としてのコメントはほとんど出していません。
事実関係の否定すらしていないのは、沈黙を貫くことで世の中への影響を最小化しようとしているからではないかとの見方もあります。B社としては、そもそもSNSを利用している自社の顧客は多くないだろうと考えているのかもしれませんね。
前薗:炎上対応の現場では、我々も「沈黙」のカードを切るかどうか悩むことは頻繁にあります。ただ、自社にとって不利益なことは一切話さず、利益がある場合だけコメントを発表すると、ネットユーザーなどの心象が悪化してしまう可能性が高まるでしょう。
そうすると小さな火種がくすぶっている状況が続くため、より大きな問題が起こったときに想定以上のダメージを被ることになるかもしれません。
報道に先んじた事実関係の開示行動に好感
桑江:東京・六本木のクラブで男女の友人らとお酒を飲んだことについて、週刊誌の記者の突撃取材を受けたという都内の女性区議が、報道される前にTwitterで自身の見解を発表したケースもあります。結果的に記事化はされませんでしたが、800件以上のリプライのほとんどは好意的な内容でした。
我々としても、今のご時世は自ら先んじて事実を開示していく方がリスクを抑えられるという見解です。
前薗:そうですね。リスク対応のひとつのパターンとして押さえておいていただければと思います。
真実はどこに?「強制立ち退き」巡る騒動が拡大
桑江:高知県のC市が所有する観光施設に入居するカフェが、市の指定管理者であるNPO法人から不当に立ち退きを強いられているとTwitterで告発しました。さまざまなインフルエンサーが拡散に協力したことで1億を超えるインプレッションを獲得し、地元新聞社も取り上げたことで大騒動になっています。
カフェの店長はNPO法人の理事長にパワハラやセクハラを受けたなどと訴えましたが、カフェとNPO法人は賃貸契約書や利用許可申請などの書面を交わしていませんでした。
SNS上では「冷静に見た方がいい」「実はカフェが怪しい」などの投稿や記事も拡散され、「何も信用できない」との声も上がっています。
NPO法人は騒動に対する謝罪コメントを発表し、市長も市の公式サイトで釈明していますが、明らかに市のイメージは悪化してしまったと言わざるを得ません。結局、関係者の誰もが損をした事案だと思います。
前薗:自社がトラブルに巻き込まれてしまった場合に重要なのは、問題が大きくなる前にいかに事態の収束を図るかということです。
今回のように影響力のある方々が参加し、検証記事や自説を展開するようになると収拾がつかなくなってしまいます。どういうポジションで謝罪をするのか、その後の対応策をいつ発表するのかといったことを早い段階で決めておかなければなりません。
問題が大きくなれば、どんな決着だったとしても全員が納得するのは難しくなります。沈静化するまで時間の経過を待つしかなくなれば、被害自体も大きくなってしまうでしょう。
障害者の真似動画が拡散、企業の謝罪文にも批判
桑江:続いてのテーマは「差別」です。広島県の自動車ディーラーD社の従業員が撮影した、障害者を揶揄するような動画が、ネット上で拡散しました。
問題の動画は従業員が撮影し、4月下旬にTikTokに投稿したものとみられます。車いすに乗った従業員の1人が障害者を真似たような言動を発し、周囲の笑い声も入っていました。
D社はすぐに謝罪文を公表しましたが、いわゆる「ご不快構文」「お気持ち構文」を使ってしまったことから、「ユーザーとしてがっかりだ」といった声が上がっています。
前薗:謝罪をして事態の収束を図るつもりだったのに、結果的に事態が悪化したという事案です。企業が被ったダメージは非常に大きかったと思います。
謝罪文は自社の行動をきちんと顧みる内容になっているかが重要です。テンプレートを使わずにそのような謝罪をすれば、むしろ評価されることもあります。
アクティブサポートの神対応に称賛の嵐
桑江:ロングセラーの冷凍餃子を製造・販売している大手食品メーカーE社が、公式Twitterの投稿で「神対応」をしたと注目を集めています。
あるTwitterユーザーが冷凍餃子の調理に失敗して焦げ付かせたことをツイートしたところ、E社の公式Twitterが「製品の研究・開発のため、調理に使ったフライパンを送ってほしい」と打診。研究熱心な姿勢に「本気を見た」などと称賛の声が多数寄せられました。
このような「神対応」はアクティブサポートの成功例と言えますし、ネガティブな投稿への適切な対処方法としても参考になると思います。
前薗:本当に素晴らしいですね。ただ、「クレームを伝えたらこんな商品をもらえた」というような神対応が知れ渡ると、同じ対応をしてもらおうと期待して同様のクレームを入れてくる人が相次ぐことになるかもしれません。
「神対応」を受けられなかった人が続出した場合、不満や怒りの声が強まってしまうことも考えられます。
着物イベントポスターのAIイラストが物議
桑江:東京・銀座で開かれる着物イベントのポスターを巡っては、イラストの着物が左前になっていることについてネット上で「死に装束」との批判が相次ぎました。イラストについても「AI(人工知能)を使ったのではないか」と訝る声が続出し、写真などの素材サイトに同じ画像があったとの指摘も寄せられています。
企業がクリエイティブでAIを活用する場合も、権利関係などの問題が発生する可能性があるため気を付けなければなりません。
前薗:AIの利用については権利関係の問題がしっかり整理されていないため、現段階では著作権侵害などの指摘を受けてしまう恐れがあります。
AI先進国の米国では著作権関連の訴訟が多発しているとの話も聞いていますので、企業としては相当な注意が必要でしょう。
「健康診断のお知らせ」DMが「紛らわしい」と不評
桑江:クラウド会計ソフトなどを手掛けるF社は、封筒の表に「健康診断のお知らせ」と大きく記したダイレクトメール(DM)を企業宛てに送付して物議を醸しました。
Twitterに写真が投稿された封筒には「重要なお知らせ」の文字が赤色で強調され、「問診票が入っています」とも書かれています。
このDMは勤怠管理などのシステムについてPRしたもので、「健康診断のお知らせ」の上には小さな文字で「システムの」と書かれていました。F社は「法改正対応にも関わるため、注目してほしかった」と説明しましたが、投稿者は「紛らわしい」と不快感を示しています。
前薗:DMを送る側としては開封してもらわなければなりませんので、あの手この手で工夫を凝らす必要があったことは理解できます。
ただし、今は企業のDMであってもSNSで簡単に晒されてしまう時代です。BtoBの企業間取引だから大丈夫という保証はありません。
「ChatGPT」禁止の自治体に賛否両論
桑江:最後です。中国地方のある県知事がAI対話チャット「ChatGPT」について、自治体の意思決定の場での使用を禁止すると発表しました。
SNS上では「世の中の流れに乗り遅れる」といった批判が出た半面、情報漏洩のリスクがあることや情報の正確さが担保されていないことから「賢明」「妥当」と評価する声も多く上がっています。
前薗:機密情報はインプットせず、どんな特性や使い道があるのかを研究目的で検証する分には問題ないでしょう。しかし、アウトプットのファクトチェックは必ず行う必要があると思います。
一方、ある種の出遅れ感を印象付ける非科学的な理由で禁止すると、リスクとして捉えられてしまいかねません。ChatGPTを利用するかどうかは企業でも対応が分かれていますが、判断の根拠については注意が必要です。
内定者を使うTwitterマーケティングに一石
桑江:「ブラックな企業」を自称するコンサルティング企業のG社は、内定者を含めた社員のSNS発信によるマーケティングに力を注いでいます。ところが、1万人を超えるフォロワーを獲得していた内定者が、入社1カ月で退職する事態が起こってしまいました。
この事案から考えさせられるのは、企業が社員にアカウントを持たせたときの取り扱いをどうするのかという点です。会社の管理下で使わせているアカウントのフォロワーは誰のものなのかをしっかり決めておかないと、後々のトラブルに発展しかねません。
極端に言えば、社員がアカウントのパスワードを勝手に変えて自分のものにしてしまうこともできてしまいます。だからこそ、厳密なルールを定めておくべきだと感じました。
前薗:社員に顔と名前を出させてソーシャルメディアを使わせる手法は、ソーシャルリクルーティングの観点で多用されています。とは言え、内定者にも無条件でアカウントを使わせるのは危険です。
今回の事案のようにたった1カ月で退職されると、企業にとって逆効果になってしまうことも想定されます。ルールを決める際は、そうしたことまで視野に入れる必要があるでしょう。